旅行の目的 イタリア シチリア島 ハイキング
ご旅行先 シチリア島、エオリア諸島 イタリア
時期 個人手配旅行

ヨーロッパ・スキーなどでお世話になっているユーロスポーツのI氏から、新しい企画としてシチリア火山のトレッキングを計画していると聞き、早速実施する段取りになった。

そして東日本大震災から半年後の9月末から千葉の山仲間で出かけることに決まった。

シチリア島は地図で見ると、長靴の形をしたイタリアのつま先にある九州の6割ほどの島で、古代からの歴史遺産も多く、この島のエトナ山は現在世界中で最も激しい活火山という。

私たち千葉の山仲間女性2人を含む7人は、9月26日成田空港から13時過ぎのアリタリア航空でローマに向かった。ローマ空港には現地時間18時半に到着し、シチリア島のカターニア行きの小型機に乗り継いで、21:30にカターニア空港に到着した。I氏とこれからガイドしてくれるシチリア生まれのJ嬢が迎えてくれた。あいにく外は豪雨で、バスが待つ50mほどを歩くだけでびしょ濡れになる。今夜のホテルがあるタオルミーナまでは1時間だが、車のワイパーが効かないほどの雨の激しさに、この先が心配になる。ガイドのJ嬢がスマートフォンで天気予報を調べてくれたら、明日以降天候は良くなるというので安堵する。23時過ぎに、海岸から直ぐ切り立った丘陵の標高150mところにあるホテルに着いた。とりあえず無事の到着を祝って男性5人で2時まで飲んだ。

 

2日目は観光地であるタオルミーナの簡単な足慣らしの山歩きなので、7:30に朝食を摂り9時にJ嬢の案内でホテルをでる。ホテルの前からは標高3300mのエトナ山の裾野が見えた、その先は海につながっていた。あいにく山頂は見えなかったが、大噴火の時にはここから溶岩流が見えたという。ホテルの先には石造りの城壁と、その先は狭い石畳の道を挟んで、いろんなショップなど古い市街地が続いている。途中で山に続く脇道の狭い階段を上って、標高464mの城塞のあるカステラモーラ山頂を目指す。ここではザクロほどの赤い実をつけた背丈ほどのサボテンが多かった。ブーゲンビリアやハイビスカス、朝顔も咲いていた。山頂は城塞が遺跡になっており、眼下にはタオルミーナの街や青い地中海がみえる。下りは別のコースを歩いた。途中にBC100年に作られたという小さな教会があった。正午にホテルに戻りリュックを置いて、ここから5分のレストランに行くことになった。大きな石焼き釜のあるピザ・レストランでピザのほかにスパゲッティやサラダを注文する。ピザやスパゲッティは量が多いので、皆でシェアーする。ワインはハウスワインだが安くて旨かった。シチリアのワインはエトナ山のミネラル分の多い溶岩の畑で栽培されるブドウから作られるので、特にうまいとのことだった。食後は自分たちだけで、世界遺産のギリシャ劇場などに行くことにした。見学入場料は€8で、2千年以上経過した石作りの大きな建造物の野外劇場は、あちこち修復が進められていたが、現在も時々、ライブなどに使用されているという。近くの展望台から眺めたビーチでは泳ぐ人が見えた。その後、一旦ホテルに戻り、19時に予約してあるレストランへでかける。外は小雨なので傘をさして歩く。街の中にある広場にはキョウチクトウの太い古木があり、赤や白などの花をつけていた。レストランはギリシャ劇場の近くにある郷土料理の専門店で、いろいろな野菜料理の他に、リゾットやマカロニなどとワインを味わった。

 

3日目はエオリア諸島への出発の日で、6時に朝食を済ませ、車で1時間半のシチリア北部のミラッツォ港に向かった。シチリア島の北方にあるエオリア諸島は、7つの噴火山のある世界自然遺産の島で、イタリアではドロミテとエオリア諸島の2つが自然遺産とのこと。その一つのヴォルカーノ島に向かった。この島の名前が英語のvolcano(火山)の由来だとガイドから聞いた。説明してくれたガイドのJ嬢はミラノ大学の経済学修士で、ボストンに留学経験のある才女なのだとI氏から聞いた。シチリアの港から高速船で1時間、9:30にヴォルカーノの小さな港に着いた。登山の身支度をして標高391mの山頂に向かう。登山道は2月の豪雨で荒れたところもあったが、11時には火口が見下ろせる頂上についた。10万年前にできたこの火山は、今もガスを激しく噴出しており、下山の途中にガスの噴出口があり、タオルで口をふさいで急いで下りた。正午に港に戻り、レストランでアランチーノという油で揚げた焼おにぎりみたいなものを食べた。その後、次の島に向かう14時発の高速船まで時間があるので海岸を歩いた。浜には30℃の泥の温泉があり、身体に泥を塗った湯治客の姿が見えた。ここには世界中から長期滞在の湯治客が訪れる有名な湯治場なのだという。この温泉の先には黒い砂浜の海水浴場があり、泳ぐ姿が見えた。その後、高速船で1時間半、次のストロンボリ島に15:30に着いた。エオリア諸島の最北のこの島の住人は500人で、古代からストロンボリの噴火は地中海で灯台の役目をしてきたという。ホテルは港の近くで海に面していた。夕食まで時間があるので、シャワーを浴びて海を見ながらビールを飲んだ。夕食は徒歩10分の山裾にあるレストランに行った。21時頃からヘッドランプを点けた登山者が、つぎつぎに下山してくるのが見えた。明日は私たちが夕方から登山して、頂上からストロンボリ活火山の噴火を見る予定になっているのだ。

 

翌日は夕方からの登山まで時間があるので、モーターボートで周囲30Kmのストロンボリ島を海上から眺めることにした。ストロンボリ島は北海道の利尻島みたいに島全体が独立峰の山で、海岸からすぐに2000mの深さに落ち込んでいるので、海の色が独特の濃い青をたたえていた。船で島を一周した後、16時に登山口にあるマグマトレックという名のガイド事務所に集まる。安全確保と混雑を避けるために、20人ずつのグループに分けられ、我々はアメリカ人と一緒になった。全員ヘルメットを着用して、16:40に山岳ガイドについて出発する。標高924mの山頂までは3時間の行程で、途中まで山の半分ほどは樹林帯だが、数年前の大きな噴火で溶岩が飛来して、森林火災で焼けたところを通過した。樹林帯が終わる辺りで休憩したが、下には港と我々の滞在する小さな集落が見え、上を見上げると先に出発したグループが、稜線にシルエットになり黙々と登って行くのが見えた。19:30に頂上の近くの、最初の噴火が見られる場所に着いた。ここで持参した夕食の弁当を食べながら2,3分おきに見られる間欠噴火をながめた。その後、頂上に移動して最高の場所で噴火を見ることになった。噴火口はすり鉢状になった眼下200mに3つの火口があった。ヘッドランプを消して漆黒の中で噴火を見ることになった。マグマがせり上がって火口がぼんやりと赤くなると、やがて大音響と共に噴き上げる壮大な火柱に圧倒された。3つの火口から交互に噴火することが多いが、20分間に1度ぐらいは3つの火口から同時に噴き上げる大きな火柱に、地球の底知れないエネルギーを感じた。頂上で1時間ほど過ごし、登りとは別の溶岩砂礫のルートをヘッドランプ頼りに、はぐれないように一列になって下山した。22時過ぎにホテル近くの海岸に着いて、まだ営業しているカフェでビールを注文し、好天に恵まれ登頂でき素晴らしい噴火が見られたことに乾杯した。

 

5日目、6時半にストロンボリ島のホテルで目が覚めた。晴れて太陽がまぶしい。今日は正午の高速船でシチリアに戻る日なので、8時過ぎにのんびりした朝食をとった。コーンフレークやフルーツ、ハムなどにコーヒーはアメリカーナにするが、ずいぶん濃かった。食後は出発まで時間があるので、海水浴場の砂浜などを上半身裸になって散策した。ストロンボリ港を出発した船はエオリア諸島のいくつかの島に寄港して、14時30分にシチリア島のミラッツオ港に着いた。港のレストランで遅い昼食を摂って、ここから2時間のエトナ山の南斜面にあるホテルに向かった。標高1900mにあるホテルは10年前の噴火の溶岩流で流されて、その後に再建された新しい建物だ。ホテルにくる途中には溶岩流で半分埋もれた石造りの民家の廃墟が痛ましかった。夕食までの1時間ほど、近くのクレーターに登ることにした。夕日を見ながら50万年前から活動を続けるエトナ山を見上げ、10年前に噴火したシルヴェストリ・クレーターと冷えた溶岩流をまじかに見た。眼下にはいくつかのクレーターが眺められ、エトナ山には150ケ余りのクレーターがあると聞いた。20時からの夕食時に、J嬢がサボテンの実を剥いて振舞ってくれた。実は甘くて柔らかいが、種はかたかった。夕食はポーク料理にマカロニやスイーツもおいしかった。

 

6日目、5:30起床すると晴れているので、朝食前に昨日登ったのとは別のクレーターを散歩がてらに歩いてみた。ホテルの近くにはゴンドラやスキーのリフトがあり、冬にはスキーができるとのことだった。道路やゴンドラが整備されているので、登山者以外に観光客も多く訪れるという。9:30にエトナ山のガイドと、もう1人エトナ山を研究している大学の先生も加わって一緒に歩いてくれることになり、ゴンドラで標高2500mまで上がる。頂上付近は立ち入り禁止になっているので、当初の予定を変更して別の下りコースを歩くことになった。溶岩のさらさらした砂礫の40°の急斜面を下りることになった。一歩足を踏み出すと1mほどずり落ちる感じでバランスをとりながら慎重に下りた。この急斜面はずり落ちるので登りには使えないが、下りはスリルのあって楽しかった。やがて、その先に溶岩流の下にできた洞窟があり、ヘッドランプを点けてくぐり抜けた。通常、洞窟といえば鍾乳洞が多いが、このような溶岩流が冷えてできた洞窟があることを知った。洞窟をでたところで昼になり、大きなサンドウィッチのランチになった。食後は大きな溶岩のプレートが続く、鬼押し出しみたいなところを下る。標高1500mになると樹林帯になり、迎えのバスの待つ駐車場に向かう。15時過ぎにバスで今朝出発したホテルにもどり、預けた荷物を受け取って今夜のホテル(昔の農家を改造したアグリツーリズモ)に向かう。エトナ山から南に約2時間半のホテルに18時過ぎに着いた。オリーブが植えられた広大な敷地に平屋の大きな建物で、中庭の先にはプールやバーがあった。19時30分の夕食まで少し時間があるので、きれいな庭のあるテラスでビールを飲んだ。丁度、日没で大きな赤い太陽がきれいだった。夕食はコース料理で、ワインと前菜はムール貝や烏賊と野菜ミックスのクリーム和えでうまかった。メインは鱸料理で、海に近いこともあり久しぶりの魚料理がおいしかった。今回のトレッキングのメインだったエトナ山歩きの、長い充実の一日が終わった。

 

7日目、トレッキング最後の日となった。朝食前にホテルの外に散歩に出かける。あたりは畑や農家が散在する田舎で30分あれば海岸に出られるが、時間の都合でホテルに戻る。朝食はバーのテラスでビュッフェの簡単なもので済ませる。今日はシチリアのグランドキャニオンといわれる、国立公園のカヴァグランデに向かう。ホテルから車で1時間あまり、石灰岩が露出した丘陵地の牧場で車を降りる。牧場に挟まれた石畳の道を歩くと、国立公園の入り口に係員がいて記帳させられる。ここから300m下の渓谷までかなり急な道を下る。反対側も急な崖でエメラルド色の渓谷の水は冷たかった。その後、公園入口に戻り、近くの農家で自家製のヤギのチーズを売ってくれるというので立ち寄る。ヤギのチーズはかなり癖のある匂いで、数種類あったが私は唐辛子の入ったペペロンチーノ・チーズを買った。どのチーズも100g1€で私は500gのブロックにした、街で買う値段の数分の一という。その後、歴史遺産の街ノートに向かった。この街は1693年の大震災で全滅し、のちに再建されたバッロク建築の石造りの街並みが世界遺産に登録されているのだ。レストランで昼食をとっている時に、花火の音が響いた。今日の日曜日はこの街の年一度の教会のお祭りとのことで、昼食後に教会の前でお祭りのパレードを見学した。鼓笛隊の後におみこしが現れたのには驚いた。おみこしは日本固有のお祭り神事に使われるものと思っていたのに、イタリアで男たちが担ぐおみこしにびっくりした。夕方ホテルに戻り、明日の帰国に備えて荷物をまとめた。早めの夕食は魚料理にデザートはテラミスだった。

 

帰国の日の朝5時に起きてJ嬢たちと散歩をした。クロワッサンや果物などの簡単な朝食の後、ホテルから1時間のカターニア空港に向かった。カターニアの近代的な町は過去にエトナ山の噴火で埋もれて、火山灰の上に再建されたのが今の町だと聞いた。思わずボンベイを思い出したが、カターニアに人が住み続けるのも、火山活動でもたらされる豊穣の土地であり、何万年も火山と共生してきたのだと思った。

カターニア空港でここまで送ってくれたI氏と、シチリアを1週間ガイドしてくれたJ嬢と別れた。アリタリア航空でカターニアを12:20出発しローマで乗り換えて、成田空港には9日目の10:20に全員無事に帰国した。

I氏とはこの4ケ月後の今年2月に、オーストリアのチロルにある氷河のスキー場ゼルデンで1週間お世話になった。

(2012.7.15.) 松永磐根

スタッフからの一言

いつも、ヨーロッパのいろいろな場所へのご依頼を頂き、本当にありがとうございます。
シチリアのハイキングは私も大好きな場所の一つで、食べ物、人、風景などどれをとっても、長年の歴史が積み重なったものの一級品の様に感じます。
また、ヨーロッパのスキーやハイキングを宜しくお願い致します。

井上

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